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静岡地方裁判所 昭和34年(ワ)258号 判決 1963年2月26日

原告 新間るか 外三名

被告 松下鳳煥こと卞鳳煥 外一名

主文

被告卞鳳煥は、原告等から金一四六、一六五円の支払を受けるのと引換えに原告等に対し別紙目録(二)<省略>記載の建物の引渡の手続をなして同目録(一)<省略>記載の宅地を明渡せ。

被告卞鳳煥は、昭和三四年九月一〇日以降右明渡済みに至るまで一月金五〇〇円八〇銭の割合による金員のうち三分の一を原告新間るかに、各九分の二をその余の原告等にそれぞれ支払え。

被告卞鳳煥に対する原告等のその余の請求および被告広瀬泰三に対する原告等の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は、原告等と被告卞鳳煥との間においては、原告等について生じた費用を二分しその一を右被告の負担としその余の費用は各自の負担とし、原告等と被告広瀬泰三との間においては、全部、原告等の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告等訴訟代理人は、

「被告卞鳳煥は、原告等に対し、別紙目録(二)記載の建物を収去してその敷地である別紙目録(一)記載の土地四〇坪(同目録添付図面<省略><B>および<A>の部分)を明渡し、且つ昭和三二年一〇月一日以降右明渡済みに至るまで一ケ月金五〇〇円八〇銭の割合による金員のうち三分の一を原告新間るかに、各九分の二をその余の原告等にそれぞれ支払え。

被告広瀬泰三は、原告等に対し、別紙目録(二)記載の建物のうちの東北側一〇坪の部分(同目録添付図面<A>の部分)より退去してその敷地一〇坪を明渡し、且つ昭和三三年五月一日以降右明渡済みに至るまで一ケ月金一二五円二〇銭の割合による金員のうち三分の一を原告新間るかに、各九分の二をその余の原告等にそれぞれ支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

被告等訴訟代理人は、

「原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。」

との判決を求めた。

第二、原告等の請求原因

一、別紙目録(一)記載の土地四〇坪(別紙添付図面<A>および<B>の部分-以下本件土地という)は亡新間嘉兵衛の所有に属するものであつたところ、同人が昭和三四年三月一五日死亡し、その妻である原告新間るか、その長男である原告新間卓弥、その長女である原告黒部玲子およびその二男である原告新間昌輝が相続により本件土地を共有するに至つた。

二、ところが所有者である新間嘉兵衛およびその承継人である原告等に対抗し得る何等の権原もないのにかゝわらず、被告卞鳳煥は、昭和三二年九月頃以降本件土地上に別紙目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を所有してその敷地である本件土地を占有し、被告広瀬泰三は翌三三年四月頃以降本件建物のうちの東北側八坪九合三勺の部分を使用してその敷地一〇坪(別紙添付図面<A>の部分)を占有し、以て本件土地に対する・新間嘉兵衛の、ついでその承継人である原告等の各使用収益を、被告等は故意又は過失によりその各占有部分につき-右一〇坪の部分については共同して-妨害し、右各占有土地の相当賃料額と同額の一ケ月坪当り金一二円五二銭の割合による損害を、すなわち被告卞鳳煥においては一ケ月金五〇〇円八〇銭の割合による損害を、被告広瀬においてはその内の一ケ月金一二五円二〇銭の割合による損害を、新間嘉兵衛に蒙らしめ、ついでその死後その承継人たる原告等に蒙らしめつゝある。

そして被告等の右不法行為により新間嘉兵衛が取得した損害賠償債権は、前記相続により、原告等においてその各法定相続分に従い、すなわち原告新間るかにおいてその三分の一を、その余の原告三名においてそれぞれその九分の二を承継取得した。

三、よつて原告等は本件土地所有権にもとづき、被告卞鳳煥に対し本件建物を収去してその敷地である本件土地を原告等に明渡し且つ右被告の不法占有開始の後である昭和三二年一〇月一日以降右明渡済に至るまで一ケ月金五〇〇円八〇銭の割合による賃料相当の損害金につきその三分の一を原告新間るかに、その各九分の二をその余の原告三名に(ただし右損害金のうち、前主新間嘉兵衛の死亡時までの分は同人がその時までに収得した損害賠償債権にして原告等が前記のように分割承継したものとして、爾後の分は原告等固有の各持分に応ずるものとして)それぞれ支払うべきことを求め、被告広瀬泰三に対し本件建物のうちの東北側八坪九合三勺の部分より退去してこの敷地一〇坪を原告等に明渡し且つ右被告の不法占有開始の後である昭和三三年五月一日以降右明渡済に至るまで右損害金のうち一ケ月金一二五円二〇銭の割合による賃料相当の金員につき前同様の趣旨でその三分の一を原告新間るかに、その各九分の二をその余の原告三名にそれぞれ支払うべきことを求めるため本訴請求に及んだ。

第三、被告等の主張

原告等主張の請求原因事実のうち、前記第一、一の事実と二の事実のうち被告卞鳳煥が本件建物を所有してその敷地である本件土地を占有し、被告広瀬泰三が本件建物のうちの原告等主張部分を使用してその敷地一〇坪を占有している点および原告等がその主張の相続によりその主張のような法定相続分を有する点とは認めるが、その余の事実はすべて争う。

一、本件土地を含むその附近一帯の土地約二〇〇坪は原告等先代亡新間嘉兵衛の所有であり、訴外佐藤鉄太郎はこれを同人より建物所有の目的で期間の定めなく賃借し同地上に建物を建築所有しこれを他に賃貸していたところ、戦災で右貸家が焼失したので、その罹災跡地の一部である本件土地を昭和二一年五月頃訴外増田惣平に建物所有の目的で期間の定めなく転貸した。右転貸借はもとより一時使用のためのものではなく、増田惣平はその頃右転借地上に永住する意思でいわゆる本建築である本件建物を築造し居住し爾来同所で鏡台、針箱等の製造販売業を営んで来たところ、昭和三二年五月に至り訴外松尾政治が同人より本件建物を本件土地転借権とともに譲受け、ついで同年同月一四日頃被告卞鳳煥が松尾政治より本件建物を右転借権とともに譲受けた。

二(1)  新間嘉兵衛は佐藤鉄太郎に本件土地を含む前記土地を賃貸するに際し、右土地の管理を包括的に同人に委任し、この土地についての賃借権の譲渡、転貸借ないし転借権の譲渡に対し包括的な承諾を与え、爾後の右譲渡ないし転貸借についてはその都度新間嘉兵衛の承諾を受けることを要しない特性が帯有されるに至つた。

同人は静岡市内等において広大な土地を有し地代収入によつて生活して来た貸地業者であつて、借地人の個性には殆ど関心をもたず、借地人の何人たるかは地代収納の確実性との関連において且つこの限度においてのみ関心を有するにすぎなかつたので、地代を納入するに足る経済力のある者であれば何人が借地人となつてもこれに対し敢えて不満を抱くようなこともなかつた。

その故に新間嘉兵衛は佐藤への貸地に際しあらかじめ包括的に前記のような承諾を与えたのである。

そしてかような承諾の下に、本件土地は前記のように佐藤から増田に転貸され、この転借権が増田から松尾を経て被告卞に譲渡され、右被告は適法な転借人たる地位にある。

(2)(イ)  仮に包括的承諾がなされなかつたとしても、新間嘉兵衛は佐藤においてなした増田への前記転貸につき、これに対する承諾を明示したか少くとも暗黙のうちにその承諾を与えていたのである。

前記一のとおり右転貸借は昭和二一年五月から同三二年五月までの十年余の長期間に亘つて継続したのであるが、その間新間嘉兵衛もしくはその代理人が地代徴収のため本件土地附近を訪れ、増田の前記のような建物所有のためにする本件土地使用状況を充分認識していたはずであり、しかもこの使用に対し何等の異議もなくこれを容認していたのであるから、少くとも黙示的に右転貸を承諾していたものというべきである。

(ロ)  仮に黙示の承諾も与えられなかつたとしても、増田は本件建物所有のためにその敷地たる本件土地を自から賃借する意思を以て当初より平穏、公然に、且つ善意無過失で本件土地を占有して来たのであるから、昭和二一年五月より十年の期間が経過するとともに、本件土地賃借権ないし転借権を時効により収得したことになる。

(ハ)  ところで(イ)または(ロ)により取得された本件土地転借権ないし賃借権は、さきに述べた経過に従い本件建物所有権とともに増田より松尾を経て被告卞に譲渡され、且つこの各譲渡につき新間嘉兵衛は承諾を与えた。なお佐藤は自から本件土地の転貸を始めたものであり、土地利用の効果を享受することを放棄しているのであるから、右転借権の各譲渡につき同人の承諾を受ける必要はなかつたのである。

(3)  仮に上記各承諾がいずれも認められず、被告卞がその転借権譲受にあたりその承諾方を新間嘉兵衛に求めたところこれを拒絶されたものであるとしても、以下に述べるとおり、この拒絶は正当な理由を欠く無効なものであり右承諾があつたことに帰着するものというべきである。

一般に土地賃借権の譲渡、転貸ないし転借権譲渡に対する当該土地賃貸人(所有者)の不承諾は無制限に認められるべきではなく、不承諾が正当の理由を有し社会経済上の利益からみて妥当な場合にのみ認められるべきである。民法第六一二条が賃借権の譲渡または賃借物の転貸につき賃貸人(所有者)の承諾を要する旨定めたのは、一般に賃貸借関係が対人信用を基礎とし賃借人の如何その賃借物使用方法の如何等が賃貸人の利害に多大の影響を及ぼすので、これにより賃貸人が不測の損害を蒙ることを防止する必要があるからである。ところで同じ賃貸借といつても、その目的物が建物である場合と土地である場合とではその間に本質的な相違がある。前者にあつてはその使用者が何人であるかが建物の耐用年数の差異となつてあらわれるから、それは所有者(賃貸人)にとつて極めて重大な関心事であるといゝ得るのに反し、後者にあつては当該土地が建物所有の目的に使われている限り、使用者の差異は、その者に地代支払の能力があるか否かという一点にだけあらわれるにすぎず、賃貸人の利害は地代が確実に収納できるか否かに集約され、地代支払の能力および意思のある人であれば何人が賃借しても差支えないわけである。従つて、土地貸借の場合において賃貸人が賃借権の譲渡ないし転貸に対する承諾を拒み得るのは、賃借人ないし転借人の地代支払能力の欠缺その他これに類する正当な理由がある場合に限られ、右正当事由なくしてなされた拒否はその効力を生ぜず、右の拒否にかゝわりなく承諾があつたことに帰着するというべきである。

本件においても、原告等先代は広大な宅地を所有してそれを他に賃貸して収益をあげることを目的としているものであり、他面被告卞は本件土地転借権譲受後直ちに転貸人佐藤に対し地代を提供してその受領方を催告し、その拒否にあうやその頃から継続して昭和三二年六月分以降の地代を弁済供託して来たのであつて、地代支払の意思および能力を充分に有するものであるから、仮に新間嘉兵衛が本件土地転貸ないし転借権譲渡に対する承諾を拒否したとしても、それは正当な理由を欠くため不承諾の効力を生ぜず右承諾があつたことになるわけである。

三、以上の諸点よりみて被告卞の本件土地使用は原告等に対抗し得る転借権によるものというべきところ、被告広瀬の本件建物のうちの原告等主張部分に対する占有は被告卞との賃貸借にもとづくものであるから、右部分の占有に伴うその敷地の占有も原告等に対抗し得る権原にもとづくものである。

四、仮に被告卞が本件土地転借権譲受につき賃貸人新間嘉兵衛の承諾がなく、原告等に対抗し得る本件土地使用権限を有しないとすれば、同被告は、借地法第一〇条の規定にもとづき、昭和三四年九月一〇日の本件第一回口頭弁論期日において原告等に対し本件建物を時価を以て買取るべきことを請求する。

本件建物は、さきに述べたとおり、増田惣平が賃貸人新間嘉兵衛の承諾(仮に承諾を同人において拒否したとしても、なお承諾ありとなすべきことは前記二のとおり)の下に転貸人(賃借人)佐藤鉄太郎より転借した本件土地上に築造したものであるから、増田より松尾に、ついで松尾より被告卞に順次なされた本件土地転借権譲渡につき賃貸人新間嘉兵衛の承諾がなかつたとするならば、増田が右権原によつて本件土地上に築造した本件建物をその敷地転借権とともに取得した被告卞において右転借権存続中借地法第一〇条による本件建物買取請求権を行使し得ることは明らかである。

なお被告卞が本件建物および本件土地転借権を松尾より譲受けるに際し、増田より松尾への転借権譲渡につき賃貸人新間嘉兵衛の承諾がなかつたことを知つており、また松尾より自己への右譲渡についても右賃貸人の承諾が得られないことを予め告知されていたとしても、これらのことは被告卞の買取請求権に消長を来たさない。けだし買取請求権は地主と建物所有者との間の個人的利害関係の調整ないし信義則遵守の要求という趣旨から認められたものではなく、建物の有する社会的価値保護という公的見地から規定されたものと解されるからである。

そして前記時価は金七三五、六七五円(本件が調停に付せられていたときに、鑑定人渡辺浩蔵によつてなされた評価額)が相当である。この評価時よりさきになされた松尾より被告への本件建物売却の代金が金六九〇、〇〇〇円である点にその後の値上り等を勘案すると、右評価額は充分首肯できるものである。また増田が本件建物および附属建物に対して債権元本極度額金一五〇、〇〇〇円(順位第一番)および金一〇〇、〇〇〇円(順位第二番)の各根抵当権を株式会社中央相互銀行に設定していることよりすれば、すくなくとも銀行の評価においても、附属建物を含めてであれ、金二五〇、〇〇〇円の担保価値が本件建物にあるものと考えていたことが明らかであるから、この点もまた右時価の算定にあたつて考慮されるべきである。

そこで被告卞は同時履行の抗弁権により原告等から右代金の支払を受けるまで本件建物の引渡および本件土地の明渡を拒絶するとともに、少くとも右買取請求権行使時以降においては、本件建物の敷地の占有は適法であり原告等主張の損害賠償責任を負ういわれはないといゝ得る。

また被告広瀬は昭和三三年四月以降本件建物のうちの原告等主張部分を被告卞から賃料一ケ月金五、五〇〇円の約で期間の定めなく賃借しその引渡を受けているのであるから、右買取請求権の行使による本件建物所有権の被告卞より原告等への移転とともに借家法第一条の規定に従い被告広瀬の右賃借権を原告等に対抗し得る筋合である。従つて右賃借部分の敷地に対する同被告の占有はすくなくとも右買取請求権行使時以降においては原告等に対抗し得る権原に基づくものということができる。

第四、被告等の前記第三の主張に対する原告等の反論

被告等の右主張事実のうち原告等先代新間嘉兵衛が本件土地を含むその附近一帯の土地を佐藤鉄太郎に賃貸したことおよび被告卞がその主張の日にその主張のような買取請求権を行使したことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

一、土地賃借権の譲渡または転貸に対する賃貸人(所有者)の不承諾は正当の理由がある場合に限らるべきである旨の被告等の主張は失当である。

元来賃借権の譲渡または転貸について賃貸人の承諾を要することは民法第六一二条の明定するところである。借地法および借家法は契約解除または契約更新の拒絶等については特に賃貸人側の「正当の事由」を要請してはいるが、賃借権の譲渡または転貸に対する不承諾については、被告等主張のような特別規定は全然なく、またその主張のように解すベき何等の法的根拠もない。

本件土地は賃借人佐藤鉄太郎が賃貸人たる原告等先代新間嘉兵衛に無断で増田惣平に一時転貸し同人がその地上に本件建物を建築所有していたところ、同人に対する債権者である金融業者松尾政治がその債権のかたに本件建物を取得したものであつて、本件土地の転貸またはその転借権譲渡については、賃貸人新間嘉兵衛および転貸人佐藤鉄太郎の各承諾なきことは勿論、松尾政治自身においてすら適法に本件地上に借地権を取得したものとは思つていなかつた。そこで同人は適宜に本件建物を換価処分すべく、当時被告卞に対し本件土地には適法な借地権の存しないことを告げたうえ本件建物を売却した。これを買受けた同被告も亦前主に適法な借地権がないことを知悉しながら地上建物を譲受ける旨の契約をなしたのであり、その後に転貸人佐藤鉄太郎に本件土地転借権譲渡についての承諾を求めたところ、結局その承諾を得るに至らなかつたのである。

かように、土地賃貸人(所有者)の承諾もなく転貸人(賃借人)の承諾もないのにかゝわらず、その地上建物が、金融業者のためにかたにとられうえその敷地に対し適法な借地権の存しないことを当事者双方了知しながら転々売買された場合においても、土地所有者の意思に反して地上建物の転得者がその地上に借地権を取得し得るものとすれば、土地所有者は遂にその所有地に対する管理処分権を喪失し、民法第六一二条の法文は全く死文化するに至るものといわねばならない。

この場合その転得者の建物買入価格、その支払能力等によつて右結論が左右されるものではない。

被告等は土地賃貸人の利害は賃借人の地代支払の能力および意思如何という一点にかゝわるだけである旨主張するが、それは被告等の一方的見解にすぎない。原告等およびその先代はその所有地の賃借人について賃料の支払能力のほかにその営業、社会的地位、経済力以外の信用、人柄等についても重大な関心をもつものであつて、賃料の支払能力さえあれば何人に対しても転貸を承諾するというわけではないし、また右能力ある者に対しては何人といえども右承諾を与えねばならぬ義務を負担するものでもない。土地所有者は当該土地の賃貸借ないし転貸借にあたりその相手方を選択する自由を有するものである。

本件の場合と異なり、転借人が転貸人の承諾あることを前提とし、また承諾あることを善意に信頼して取引をなしたような場合においてはその善意の転借人を保護すべき必要が考えられるけれども、かような特殊な事例においても被告等主張の理論を適用することには基本的に多分の疑義が内蔵されているというべきであり、まして本件の如き悪意の転借人に対して右理論の適用をみることはあり得ないといわなければならない。

二、被告卞主張の本件建物買取請求権について、

1  元来借地法第一〇条にいわゆる建物買取請求権は、本来の借地権者がその権原にもとづいて借地上に附属せしめた建物その他の物件を第三者においてその借地権者から取得した場合その敷地について借地権の譲渡または転貸の承諾を得られなかつたときに右第三者を保護するために特に認められた権利であつて、その取得物件が本来の借地権者において権原にもとづいて附属せしめた物でない場合、例えば、第三者が賃貸人の承諾なくして借地権の譲受または転借をした後にその地上に附属せしめた物件については、最早第三者にはその買取請求権がないものと解すべきである。再言すれば、借地人が賃貸人に対抗し得る賃借権を有しその権原にもとづいて借地上に建物を建築しあるいはその他の物件を附属せしめて所有している場合、すなわち、賃貸人としては当該賃借人が借地上に建物その他の物件を所有していることを賃借人の当然の権利にもとづくものとして認容している場合に、その借地人が当該建物ないし物件を譲渡したのに対し、賃貸人が従来の借地人に対しては該物件を借地上に所有することは認めていたが新しい第三者に対してはこれを認めず、借地権の譲渡または転貸を承諾しないというときにのみ、その第三者を保護し従来適法に存在していた物件の経済的価値を保全しようとする目的から借地法第一〇条の規定が制定されているものというべきである。賃貸人の承諾なくして賃借権を譲受けまたは転借した第三者は、譲渡人また転貸人に対してあるいは契約上何等かの権利を有し得るとしても、承諾しない賃貸人に対しては土地の使用を許容せしむべき権原なく従つてその第三者が地上に建物その他の物件を附属せしめたからとて賃貸人に対し権限に因つて当該物件を附属せしめたものといゝ得ないことは多の言を要しない。かような建物については、右第三者およびその承継人は結局、賃貸人の承諾がない限り、これを収去して敷地を明渡すほかはない。

本件について観るに、被告卞が前主松尾政治から取得したと称する本件建物は、前々主増田惣平が賃借人佐藤鉄太郎から賃貸人である地主の原告等先代新間嘉兵衛の承諾なくして転借した本件土地上に右転借後建築したものであり、当時増田には右土地使用につき原告等先代に対抗し得る何等の権原もなかつたのであるから、かような建物を、松尾を経て取得したと称する被告卞に、右建物買取請求権の存しないことは明らかである。

さらに、被告卞は、松尾から本件建物を譲受けるにあたり、同人が右建物をその前所有者増田から買受けた当時本件土地転貸および転借権譲渡について賃貸人である原告等先代新間嘉兵衛の承諾がなかつたことを松尾より知らされ且つ同人より被告卞への本件土地転貸もしくは転借権譲渡についても右新間嘉兵衛の承諾が得られないことをもまた松尾より告知されているのであつて、かような場合右転貸ないし転借権譲渡についての賃貸人(地主)の承諾を得ることが不能ないし著しく困難なことであることは買受人として当然予測し得るところであるから、敢てその危険を冒しつゝ投機的に地上物件を譲受けた被告卞に対しては、信義則上、右建物の買取請求権を行使せしめてこれを保護する必要はないものと解するのが相当である。仮に被告卞および被告広瀬間に被告等主張のような家屋賃貸借があつたとしても、右賃貸借は、本件土地上に本件建物を所有する権限のない者によつてなされたものであるから、本件土地所有者たる原告等に対抗できない。さらに、原告等は本件土地を佐藤鉄太郎に賃貸しているのであるから、原告等において買取家屋を本件土地上に所有して直接右土地を占有使用することはできず、被告広瀬においても本件建物のうちの賃借部分を占拠してその敷地を占有し同敷地に対する佐藤の賃借権を侵害することはできない。被告広瀬が借家法第一条の規定によりその家屋賃借権を原告等に対抗することができ、従つてまた右家屋敷地を占有する権原ありという被告等の主張は理由がない。

2  万一何等かの理由によつて被告卞に本件建物買取請求権があると仮定しても、その時価は、同被告主張のような高額なものではない。

被告卞が松尾より買受けたという、また訴外株式会社中央相互銀行の根抵当権の対象とされたという建物は、本件建物のほかにこれと同所同番地に在る家屋番号同所第四二番の四木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅一棟建坪一〇坪二階六坪(但し登記簿上木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建居宅一棟建坪一三坪一合七勺)も含まれているところ、本件建物が粗雑なバラツク建であるのに比し後者の建物は相当その価格が上廻つているのであるから、被告卞主張の買受価格も債権元本極度額も本件建物時価算定の基準とすることはできない。また右買受価格も果して右被告のいうが如き金額であるか否か甚だ疑わしいのみならず、その金額もいわば射倖的なもので土地賃借に成功した場合にはじめてその支払をなすといつた程度のものであり、しかもその代金の一部が支払われているにすぎない状況にある。

右被告の援用する本件調停手続中の鑑定人渡辺浩蔵の評価が不当であることは、右手続中になされたその他の鑑定人溝口正二および同田村二郎の各評価と比較することによつても明瞭であり、本件建物の時価は鑑定人田中忠雄の鑑定の結果に従い金一一八、一六五円と定めるのが相当である。

なお被告広瀬が家屋賃借権を原告等に対抗し得るとするならば、原告等の右家屋の買取価格は半減されるべきである。

第五、証拠関係<省略>

理由

原告等主張の請求原因事実中本件土地四〇坪が亡新間嘉兵衛の所有に属するものであつたところ、同人が昭和三四年三月一五日死亡し、原告等がその主張のような身分関係にもとづく相続により本件土地を共有するに至つたこと、被告卞鳳煥が本件建物を所有してその敷地である本件土地全部を占有し、被告広瀬泰三が本件建物のうちの原告等主張部分を使用してその敷地一〇坪を占有していることは当事者間に争がない。

(被告卞が本件土地を占有すべき権利を有するか否かについて)

成立に争のない甲第一号証の二、被告卞鳳煥本人の供述(第一回)によつて真正に成立したものと認められる乙第五ないし第八号証(ただし第七、八号証のうち登記官吏作成部分の各成立はいずれも争がない)、証人佐藤鉄太郎の証言(第三回)によつて真正に成立したものと認められる乙第一〇号証、第一一号証の一ないし三および第一二号証の各記載、証人佐藤鉄太郎(第一ないし第三回)(ただし後記措信しない部分を除く)、同増田惣平(同上)、同松尾政治(同上)、同吉田栄(同上)および被告卞鳳煥本人(第一回)(同上)の各供述ならびに検証の結果に弁論の全趣旨をあわせ考えると、次の事実が認められる。

訴外佐藤鉄太郎の父佐藤友次郎は昭和六、七年頃以降新間嘉兵衛よりその所有にかかる静岡市幸町二九番宅地二四八坪四合五勺の内二〇〇坪を賃借しその地上に家屋十数軒を建築所有しこれらを他に賃貸して来たところ、昭和二〇年八月四日死亡しその子佐藤鉄太郎が相続により右土地賃借人たる地位を承継したのであるが、その頃にはすでに右地上の家屋はすべて戦災によつて焼失しており、この罹災跡地を当時同人はあらためて新間嘉兵衛より建物所有の目的、賃料一年一坪につき金八〇銭の約束で期間の定めなく賃借した(鉄太郎のこの賃借の点は当事者間に争がない)。

大工職の佐藤鉄太郎は終戦後右罹災跡地に漸次家屋を建築してゆき自宅のほかに貸家約一〇軒アパート(六室)一棟を右地上に所有するまでに至つたのであるが、その間昭和二一年春頃古くより知合の訴外増田惣平から懇請されたため右のように賃借中の罹災跡地二〇〇坪の内当時空地となつていた東北隅五〇坪(そのうちの西南側四〇坪-別紙略図<A>および<B>の部分-が本件土地にあたる)を増田惣平に転貸した。同人はその頃古材を使用して右土地五〇坪上に木造杉皮葺平屋建居宅一棟建坪約一三坪五合を建築所有し、爾来同所に居住して鏡台針箱等指物類の製作販売業を営んで来たところ、その業績も相当あがり右家屋を増改築などして右転借地の殆ど全部を占める建坪約五〇坪の建物(そのうちの西南側の部分が本件建物にあたる)を所有するに至つたのであるが、その後経営不振となり、且つ訴外松尾政治所有の製茶約一〇〇貫を他に売却処分しこれに損害を与えたことより松尾との間に悶着が起つた挙句昭和三二年五月一〇日頃已むなく代金約五〇〇、〇〇〇円(ただし右損害金として約金一二〇、〇〇〇円が右代金より差引かれ松尾に支払われた)で右建物をその敷地転借権とともに松尾に売却しこれを明渡した。

ついで間もなく同月一四日頃不動産仲介業者の斡旋により右建物およびその敷地転借権は、松尾より被告卞に対し、代金六九〇、〇〇〇円-金一〇〇、〇〇〇円は手附として契約成立と同時に支払い、残金五九〇、〇〇〇円は同月二五日限り右建物所有権移転登記完了と同時に支払う約束-にて売渡された。

右各売買において、これよりさきに増田が右建物に設定した・岩科善次郎のための債権元本極度額金一〇〇、〇〇〇円なる根抵当権および株式会社中央相互銀行のための債権元本極度額金一五〇、〇〇〇円なる根抵当権はいずれも売主の負担において消除される約束であつたので、被告卞は、右手附金一〇〇、〇〇〇円の支払をなしたほか増田の岩科および中央相互銀行に対する右各抵当債務約金五五、〇〇〇円および約金一七〇、〇〇〇円合計約金二二五、〇〇〇円の支払をなして右各債務および抵当権を消滅せしめ、なおさらに相当の支出(乙第五号証の記載によれば金八五、〇〇〇円)をなしたが、残金約二八〇、〇〇〇円の支払については、右建物敷地利用を賃貸人および転貸人によつて承認されたときにはじめてなす旨の合意が松尾と被告卞との間にとりかわされたまゝ、その後右金員の支払は全くなされなかつた。

かようにして被告卞は右契約成立後間もなく右建物約五〇坪に居住するようになり、ついで右建物のうちの東南端の部分を増改築した-木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅一棟建坪一〇坪二階六坪(但し登記簿上静岡市幸町二九番地家屋番号同所第四二番の四、木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建居宅一棟建坪一三坪一合七勺-本件建物の附属建物と表示される)がこの増改築部分にあたり、別紙添付図面<C>地上に存した。この部分はその後他に譲渡され、ついで取毀された。-のであるが、この二階建家屋を除いた爾余の部分-この部分が本件建物にあたる-のうち東南側建坪八坪九合三勺の部分(この部分の敷地が右図面<A>一〇坪にあたる)を昭和三三年四月頃から被告広瀬泰三に賃貸し同被告は爾来同所に居住している(被告広瀬の右部分使用の点は当事者間に争がない)。

かように認められ、証人佐藤鉄太郎(第一、二回)、同増田惣平、同松尾政治、同吉田栄および被告卞鳳煥本人(第一回)の各供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照し採用し難い。

以上の転貸および各転借権譲渡について賃貸人新間嘉兵衛の承諾が与えられていたのであろうか。

(1)  証人大橋賢司の証言および原告新間卓弥本人尋問の結果によれば、新間嘉兵衛は静岡市内等に相当広大な宅地を所有してこれを多数の人達(この借地人の総数は、大橋証言によると三百五、六十人であり、右原告本人の供述によると二、三百人である)に賃貸し、この賃貸料が新間嘉兵衛の収入となつていたことが認められる。しかしながら同人が借地人の個性には地代収納の確実性との関連において且つその限度においてのみ関心をよせるにすぎず、本件土地を含む佐藤鉄太郎への賃貸地についてもその管理一切を同人に委ねその転貸借および転借権の譲渡に対する包括的な承諾を与えていた旨の被告等主張事実については、これに副う証人松尾政治、同増田惣平および被告卞鳳煥本人(第一回)の各供述部分が存するけれども、これらを証人大橋賢司および同佐藤鉄太郎(第二回)の各証言ならびに原告新間卓弥本人尋問の結果に比照するときはたやすく信用することができず、その他右主張事実を肯認し得る証拠はない。むしろ右各証言ならびに右原告本人尋問の結果によれば、新間嘉兵衛はその各所有地の賃貸ならびにその賃借権の譲渡および転貸についての承諾をなすに際しては賃借人、賃借権譲受人ないし転借人の地代支払能力のみならずその余の信用状態や人柄などについても調査し場合によつては保証人の参加をも求める等慎重厳格な態度を採つていたのであり、佐藤鉄太郎への前記賃貸地についても、その管理を同人に委ねたことはなく、またその転貸および転借権譲渡について包括的な承諾を与えるようなこともなかつたことが認められる。

(2)  前記五〇坪の宅地の転貸にあたり賃貸人新間嘉兵衛が明示の承諾を与えたことを認め得る証拠は存しない。却つて証人佐藤鉄太郎の証言(第一、二回)に徴すれば、佐藤鉄太郎は新間嘉兵衛に格別の了承を求めることもなく昭和二一年春頃知人増田惣平に乞われるまゝに右転貸をなしたことが認められる。

しかしながら前示乙第一〇号証、第一一号証の一ないし三、第一二号証、証人増田惣平および同佐藤鉄太郎(第一ないし第三回、-ただし後記措信しない部分を除く)の各証言ならびに鑑定人田中忠雄の鑑定の結果および検証の結果を綜合すると、

(イ)  転貸当初転借地のうちの西南側の部分に建てられた前記家屋建坪約一三坪五合-この部分は現在本件建物のうちに含まれている-は増田の注文に応じ佐藤自身の手によつて築造されたものであること、右建物は古材によつた粗末なものでいわゆるバラツク建に近いものであるが、相当期間居住に耐え得る程度のものであつたこと、増田は昭和二一年四月三〇日頃からこの家屋に居住して前示家業に従事しその営業の拡大につれて右建物の増改築およびその東北側に隣接する附属建物の新築をなし転借地の殆ど全部を占める建坪合計約五〇坪の前記建物を所有するに至つたこと、転借当初から数年間増田は佐藤に対し「お礼」の名目で毎年金四〇円宛づゝ支払つて来たが、その実質は右土地の転借料であり、佐藤が新間嘉兵衛に支払うべき前記土地賃借料の増加するに従い、右転借料も増額されてゆき、昭和二八年度は年額金八、二五〇円(年額坪当り金一五〇円-転貸地は五五坪と契約当事者間において算定され、この坪数によつて地代総額が算出されていた)、昭和三〇年八月分ないし同年一一月分までは月額金二、八四六円(年額坪当り金六二一円弱)を算えその支払もなされたのであり、昭和三一年以降は増田の業績不振のため右地代の支払も滞り勝ちとなつて行つたものの、昭和三二年三月一四日には前年度分地代の内金として金五、〇〇〇円の支払がなされていること、同年五月に至つて増田から松尾、被告卞への前記建物所有権譲渡がなされるまでは、佐藤は右地代延滞についての不満を抱いていたものの、増田に対し同人の右土地使用そのものについては何等の異議も表明しなかつたこと、増田が右転借地利用権をその地上建物所有権とともに第三者に譲渡せざるを得ないような事態を招かなかつたならば、なお従前どおりの敷地利用関係が平穏無事に続けられて行く状況にあつたことがいずれも認められるとともに、さらに、

(ロ)  新間嘉兵衛は、父の代からひきつづき前記土地二〇〇坪を賃借している佐藤鉄太郎に信頼を倚せ同人が戦後逐次家作を建設し右賃借地の大部分をこれらで埋めるようになつたことを同人のために喜んでいたこと、新間嘉兵衛の居宅と右賃借地とは約一〇町位-徒歩で二〇分位の距離にあり、右賃借地内で本件建物の西南側に隣接する佐藤鉄太郎の居宅を新間嘉兵衛自身においても訪れ右賃貸料の支払を受けたこともあつたこと、前記建物建坪一三坪五合が築造されてから間もなく新間嘉兵衛がその玄関先に増田を訪れ右建物が同人の所有にかゝるものであることを聞知したこと、昭和二四、五年か同二五、六年頃前記転借地五〇坪の裏側(北西側)約一〇坪を増田において自己の営業用の板の干場に用いるべくその周辺に杭を打込みこの部分を新間嘉兵衛より賃借使用しようとしたことより、これよりさきこの部分をも同人より賃借し同所にも近く貸家を建てようとしていた佐藤鉄太郎の怒りを買い紛議が生じたため両名連立つて新間嘉兵衛宅に同人を訪れ、右紛議の事情を明らかにしその解決方を申出でたところ、同人よりすでに佐藤に賃貸してある部分を同人に無断で増田に賃貸することはできない旨論され右紛争は佐藤の望むとおりに落着したのであるが、その際も新間嘉兵衛において右空地一〇坪は増田所有家屋の裏側に隣接し同人の製作する指物用の板類を乾燥させる場所に充てられようとしたことを察知したこと、新間嘉兵衛は以上のことを知りながら増田の本件建物譲渡時まで同人の右土地使用につき同人にも佐藤にもこれを咎めるような態度をあらわしたことがなかつたこと、

が認められ、証人佐藤鉄太郎の証言(第一、二回)中叙上認定に反する部分は前記各証拠に照して採用し難く、証人大橋賢司の証言も右認定を左右するに足らず、その他右認定を覆えすに足る証拠は存しない。

以上(イ)および(ロ)の各認定事実によれば、佐藤鉄太郎はその賃借地の一部である前記宅地五〇坪を堅固でない建物所有の目的で期間の定めなく増田惣平に転貸したところ、賃貸人たる新間嘉兵衛は右転貸の事実を、その後間もなくか或はおそくとも昭和二六、七年頃までには知りながら、その時から転借人増田においてこれを終了せしめた昭和三二年五月初旬頃まで右事実を認容して来たのであり、佐藤より増田への右転貸を暗黙の裡に承諾したものであると認定するのが相当である。

かように増田への転貸については賃貸人新間嘉兵衛の黙示の承諾が肯定されるのではあるが、増田から松尾へ、松尾から被告卞への前示認定の転借権譲渡については、右賃貸人の承諾がなされたことを認め得る証拠は全く存せず、転貸人佐藤鉄太郎のこれに対する承諾を肯認し得る証拠も見出されない。

被告等は右転借権譲渡につき佐藤の承諾を受ける必要はない旨主張するが、同人が自から他への転貸を始めたからといつて、直ちにその当初の転借人以外の者に対する関係においても転貸地利用効果の享受を放棄したといゝ得ないから、佐藤の右承諾を受ける必要なしとすることはできない。

却つて成立に争のない乙第一ないし第四号証ならびに証人佐藤鉄太郎(第一、二回)、同増田惣平、同松尾政治および同吉田栄および被告卞鳳煥本人(第一回)の各供述によれば、右各転借権譲渡については賃貸人からも転貸人からもその承諾をなすことを拒否されたものであつて、その故にまた松尾および被告卞の右転借権および地上建物の譲渡代金の支払が一部にのみとどめられ、昭和三二年六月分以降の地代として一ケ月金一、四二三円の割合による金員が被告卞より佐藤に宛て、翌三三年六月二日以降弁済供託されていることが認められる。

被告等はこの不承諾の点に関し、土地賃貸借の場合において、殊に新間嘉兵衛のように広大な宅地を所有する貸地業者にとつては、正当な理由がある場合にのみ賃借権譲渡または転貸に対する承諾を拒否し得るのであつて、同人の前記不承諾は正当の理由を欠く無効のものであり、承諾があつたものとなすべきである旨主張する。

賃貸人の承諾がなければ賃借権の譲渡または転貸ができない旨民法第六一二条に明定されており、その後の特別法によつてもこの点については修正されず、唯々借地法第一〇条によつて間接に借地権の譲渡性の促進が試みられているに止まつているのであつて、賃貸人の承諾には借地法借家法の他の諸規定にみられるような限定が全く附せられていない。従つて、その目的物が宅地であり、賃貸人が多くの宅地を所有する貸地業者であるからといつて、直ちに、右承諾を拒み得るのは地代収取の不確実性等正当な理由ある場合に限られるとなすことは実定法上の根拠を欠くものと考えられる。ただ賃貸人の承諾なくして賃借権譲渡ないし転貸がなされたときでもそこに背信行為と認めるに足りない特段の事情があるときには民法第六一二条による解除権を行使し得ないという判例が、この場合にも顧みられなければならない。土地賃貸借にあつては、建物賃貸借の場合と異なり、賃貸人の主たる関心が賃借人の地代支払の能力および意思に向けられている。新間嘉兵衛は広大な宅地を所有しその大部分を他に賃貸しているのであつて、その地代収取に重要な利害をもつていたことは明らかである。他面被告卞に地代支払の能力および意思のあることは前示供託の一事に徴しても認められる。しかしながら、土地所有権の地代収取権への転化の未だ完全に行われていない現段階においては、土地賃貸人の利害は地代収納の確実性にのみかゝわるのではなく、賃借人の営業状態、社会的地位、人柄等にも相当深い関連をもつものというべきところ、現に新間嘉兵衛においても賃借人ないし転借人の地代支払能力、意思のみでなくその余の諸点における信用状態、人柄等にも相当の重点を置いていたことは前示認定のとおりである。ところで証人増田惣平、同佐藤鉄太郎(第一、二回)、同松尾政治および同吉田栄の各証言ならびに被告卞鳳煥本人尋問の結果(第一回)(一部)を綜合すると、松尾政治が増田惣平よりその所有建物をその敷地転借権とともに譲受けたのは松尾の増田に対する債権を清算する方途として採られたものであつて右建物を自己の居住ないし営業用にあてるためのものではなかつたこと、被告卞は増田より松尾への右譲渡について賃貸人および転貸人の承諾のなかつたことを了知し且つ松尾より自己への右建物および敷地利用権の譲渡についても右承諾を得ることの困難である旨をあらかじめ聞知していたこと、それにもかかわらず被告卞は敢えて右譲渡を受け、佐藤の意を承けた同人の妻より敷地を貸すことはできない旨明言されながらも本件建物に入居し、譲受代金の一部については右承諾を受けるまでその支払を留保する態度に出ていることが認められるのであつて、かような経緯の下に敷地転借権譲受人となつた被告卞との間に、転貸人たる佐藤鉄太郎はもとより賃貸人たる新間嘉兵衛もまた信任関係を保持し得ないとすることには首肯すべきものがあり、土地賃貸借関係についても未だなおその基礎をなしているものと考えられる信頼関係は、その結ばれる以前においてすでに転借人の所為により殆ど破壊されているに均しいといつても過言ではないであろう。右賃貸人の承諾拒否に正当理由なしとすることは不当であり、従つて、前記判例理論よりしても、被告等の右主張を採用することはできない。

以上縷述したところよりすれば、被告卞は本件土地を含む右転借地について亡新間嘉兵衛およびその承継人たる原告等に対抗し得る占有権原を有しないものといわざるを得ない。

(本件建物買取請求について)

前段認定の事実よりすれば、本件建物は増田惣平が新間嘉兵衛に対抗し得る転借権にもとづき前記転借地五〇坪の上に築造した前記建物の一部であるところ、右建物所有権がその敷地転借権とともに増田惣平から松尾政治に、同人から被告卞鳳煥に順次譲渡されたのであるが、賃貸人新間嘉兵衛および転貸人佐藤鉄太郎のいずれにおいても右各転借権譲渡を承諾しなかつたことがあきらかである。

従つて被告卞は、その前主松尾の転借権がすでに賃貸人および転貸人に対抗し得ないものではあるものの、借地法第一〇条の規定に従い本件建物買取請求権を取得したものと認められる。

右被告の本件建物買取請求権を否定する原告の主張中前段の部分は、増田に本件建物を本件土地上に附属せしめる権原がないとする前提の下になされているのであるから、右前提の認められない以上、これを採用し難いことは多言を要しない。

右被告が本件建物を含む前記建物をその敷地転借権とともに前主松尾より取得した際前々主増田より右松尾への転借権譲渡につき賃貸人新間嘉兵衛の承諾がなかつたことを了知し且つ松尾より自己への右譲渡についても右賃貸人の承諾を得ることの困難である旨をあらかじめ聞知したこと、その故に同被告が右譲受代金の一部の支払を留保したことはさきに認定したとおりであるから、同被告において右承諾を受けることの相当困難であることを予測していたこともまた認められる。しかし、なお右承諾を得べき可能性ありとして同被告が右建物に居住しつゝその折衝を試みたこともまた右各認定事実自体および同被告本人尋問の結果(第一回)に徴して認められるのであるから、建物の保存という客観的な目的を第一義とする建物買取請求権を同被告より奪わなければならぬほどの信義則違反の所為がなされたものとすることはできない。同被告に右請求権の行使を許容すべきではないとする原告主張の後段の部分も採用し難い。

問題はむしろ本件建物買取請求権行使の相手方は誰であるべきかにある。

被告卞は、本件建物存立の基礎をなす、転借人増田の転貸人佐藤に対する転借権を譲受けた立場において、本件建物買取請求権を行使するのであるから、その行使の相手方は転貸人佐藤であると解するのが借地法第一〇条の法文に副うものと考えられる。けだし賃貸人は転貸借に承諾を与えた場合においても、転借人と直接の契約関係に立つものではなく、これと直接の契約関係(賃貸借関係)に在るものは転貸人であり、借地法第一〇条の「賃貸人」は本件にあつては転貸人にほかならないと解されるからである。転借権譲受に対する不承諾の効果として発生する建物買取請求権の行使もその転貸借の枠内において転貸人に対しなされるべきものであつて、賃貸借関係はこれに煩わされることなく存続し、右請求権行使の結果派生することあるべき賃貸人および賃借人間の問題はその両当事者間の契約関係に従つて別異に処理されるべきものと解するのが同条の実定規定に適うものと考えられる。

しかしながら、(イ)転貸人が転借権の譲渡を承諾しているのに賃貸人がこれを承諾しない場合には、建物買取請求権行使につき転貸人において何等の原因も与えていないのに賃貸人においてその一因を与える点よりみて、地上建物買取義務を負荷すべきものはむしろ賃貸人であるとするのが衡平にかなう途である。そして(ロ)賃貸人のほかに転貸人もまた承諾しない場合にあつても、賃貸人の不承諾が建物買取請求権行使の一因をなす点においては(イ)の事例と共通するから、前同様衡平上、転貸人とならんで地主たる賃貸人もまた右請求権行使の相手方となり得るものと考えられる。けだし、(イ)および(ロ)の場合において賃貸人に対する建物買取請求権の行使を認容するときは、買取建物をひきつづきその敷地上に保持する権益が賃貸人に与えられなければならず、右請求権行使による建物所有権移転とともに転貸借契約だけでなく賃貸借契約もまた実質上その目的を失つたものとしてその時以降消滅に帰するものと解すべきところ、この結果を甘受すべき賃借人の主観的事由が(イ)の場合には認められないのに反し、(ロ)の場合には転借権譲渡を拒否し買取請求権発生に一因を与えた点に右事由ありとなし得るからである。さらに(ハ)賃貸人は、転借権譲受を賃貸人に対抗し得ない右譲受人にむかつて、賃貸借契約を解除しないまゝ、転借地を転貸人に対してでなく直接賃貸人自身に対して明渡すことを求め得るとなす判例の見解に従うときは、転借権譲受人は賃貸人の明渡請求に対抗し直接賃貸人にむかつて転借地上建物買取請求権を行使し得るものとすることが当該事案を簡明直截に処理し得る方法であると考えられる。

もつとも賃貸人への建物買取請求権行使を認容する(イ)および(ロ)の場合の敷地利用関係について、転貸借の消滅は転借人の帰責事由等によるものとして肯定し得るが、賃貸借の消滅は、これを理由づける実定法上の根拠が薄弱であり、賃借人に対する関係においては衡平を欠くおそれがある。他面、(ロ)の場合においては、転借権譲受人は転貸人に対して建物買取請求権を行使し得ることは明らかであるが、この行使のなされたとき転借権譲受人は建物について有する留置権の行使によりその反射的効果として転貸人よりの代金支払あるまで敷地の引渡を転貸人に対してのみならず賃貸人を含むすべての第三者に対しても拒むことができるのであるから、賃貸人が転貸人に対してでなく直接自己に対して転借地を明渡すべき旨を転借権譲受人に求めて来た場合においても、借地法第一〇条による転借権譲受人の保護に欠けるおそれはないといい得る。しかし後段の点は、賃貸人に対する買取請求権行使を否定するまでの事由とはなり得ない。また前段の点についても、賃借人の利益は差額地代の収納につきるのであるから、地上建物の維持と関係者間の土地利用関係の公平な処理とのために、その法益を否定することのできる場合があり得る。転貸借は賃貸借に基礎を置き目的物の使用収益の面においてはこれに依存しているのであるから、その基底にある地主たる賃貸人が転借権譲渡に承諾を与えず直接転借権譲受人に対して転借地の明渡を求めて来た場合にあつては、右譲受人もまた転貸借の枠を超え、この転借権存続の基礎を奪つた賃貸人に対し、直接転借地上の建物買取請求権を行使し得るものであり、この場合賃借人の地位は前二者の清算関係に附随するものとみるのが土地の転貸借関係の実際に適するのではなかろうか。被告卞の転借権譲受に対し賃貸人新間嘉兵衛、原告等および転貸人佐藤鉄太郎のいずれからも承諾が与えられないとともに、買取請求権行使の結果派生すべき賃貸借の消滅について格別の障害も認められない本件にあつては、右被告より右賃貸人の承継人たる原告等に対して下記のとおりなされた本件建物買取請求権行使はその効力を生じたものと認めるのが妥当であると考えられる。

ところで右被告が原告等に対し昭和三四年九月一〇日の本件第一回口頭弁論期日に右買取請求をなしたことは当事者間に争のないところであるから、これによつて本件建物の所有権は被告卞より原告等に移転したものと認められ、したがつて同被告は同時履行の抗弁権により右買取代金の支払を受けるまで本件建物引渡を拒むことができる筋合である。

しかるところ、被告広瀬が被告卞より昭和三三年四月頃以降本件建物のうち東南側八坪九合三勺の部分を賃借居住していることは証人広瀬文子の証言および右証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一三、一四号証の各記載によつて認められ、従つて被告広瀬が右買取請求による本件建物所有権移転当時右部分の引渡を受けている賃借人であることは明らかであるから、借家法第一条の規定により被告卞の被告広瀬に対する右部分についての賃貸人たる地位は本件建物所有権移転とともに原告等に承継されたものといわなければならない。そこで被告広瀬は右部分の賃借権を原告等に対抗し得るものであり、従つて右部分の敷地についてもまたこれを占有すべき権原を有するものというべきである。

被告卞が本件建物のうち被告広瀬の占有部分を同被告に賃貸した当時本件建物を本件土地上に所有する権限のなかつたことは原告等の主張するとおりであるが、敷地占有権原がない場合でもその地上建物についての賃貸借はその当事者間においてはもとより有効であるから、前記のように、買取請求権行使による本件建物所有権移転とともに右賃貸人たる地位を承継した原告等に対し被告広瀬が被告卞に対すると同様右賃借権を主張し得ることは明らかである。従つてこの点についての原告等の前段の主張は理由がない。また被告卞の買取請求権行使による賃貸人への本件建物所有権移転とともに訴外佐藤の原告等に対する本件土地賃借権は爾後消滅するものと解すべきこと既述のとおりであるから、原告等主張の後段の部分も採用し難い。

よつて右部分の敷地について占有すべき権原ありとする被告広瀬の抗弁は理由があり、同被告に右権原なしとの前提に立ち右敷地の明渡を求める原告等の本訴請求は理由なきに帰するものといわざるを得ない。

借地権の存しない場合における本件建物の価格については、別紙一覧表<省略>のとおり四通りの評価がなされておること、右各評価時と本件建物買取請求権行使時との間には隔たりがあるけれども、本件建物の建築材料、態様等よりみて右時点の差異は本件建物の評価額には差異をもたらさず、右各評価額が右請求権行使時における本件建物の時価算定の資料たり得ることは、成立に争のない甲第三号証の一、二および乙第九号証の各記載ならびに鑑定人田中忠雄の鑑定の結果および検証の結果によつて明らかである。

被告卞は、金七三五、六七五円を右時価とするのが相当であるとし、その根拠の一として渡辺浩蔵の評価をあげているが、右評価額は借地権つきの本件建物の価額であるところ、右買取請求の目的となつた建物の時価には敷地の借地権の価格は加算すべきではないから、右価額を右時価算定の根拠に算えることはできない。被告卞および訴外松尾間の前記売買代金が金六九〇、〇〇〇円であることはさきに認定したとおりであるが、それは本件建物を含めた前記建物全部の敷地利用権がその賃貸人等によつて認容された場合の右建物および敷地利用権全部の価額であることもまたさきに認定したところより明かであるから、右代金額から右時価を算出することも適当ではない。前示乙第七、八号証の各記載によると、増田惣平が当時同人の所有であつた前記建物(本件建物を含む)に対し昭和二九年四月および同三二年三月株式会社中央相互銀行および岩科善次郎のため被担保債権元本極度額金一五〇、〇〇〇円および金一〇〇、〇〇〇円なる各根抵当権を設定したことが認められる。しかし特に反対の事情の認められない本件にあつては、右各根抵当権は、右建物の敷地利用権が有効に存続することを前提として設定されたものと認むべきであり、しかも本件建物のほかに附属建物(しかしこの附属建物が改築されたのは昭和三四年になつてからのことである-前示甲第三号証の二および乙第九号証の各記載による-から、右各根抵当権設定当時にあつては、本件建物と附属建物との間に原告等の主張するような価格の差異があつたものとは考えられない。)もその対象とされていたのであるから、右各根抵当権の被担保債権極度額合計金額を以て直ちに本件建物の時価算定の根拠とすることも妥当でない。

前示甲第三号証の一、二に前示鑑定および検証の各結果をあわせ考えると、買取請求当時の状態における本件建物としての価格は、鑑定人田中忠雄の評価に従い被告広瀬の居宅と被告卞の居宅のうちの中央土間と称せられる部分とは坪当り金二、五〇〇円であり、爾余の部分(被告卞の居宅から中央土間を控除した部分)は坪当り金四、〇〇〇円であると認めるのが相当であり、これと著しく評価を異にする前示乙第九号証の記載および証人渡辺浩蔵の証言は右各証拠に比照すると採用し難い。従つて本件建物のうち被告卞の居宅部分二六坪二合三勺(但し中央土間三坪九合二勺を含む)-これらの坪数の点は当事者間に争がない-の右価格が金九九、〇四〇円となり、被告広瀬の居宅部分八坪九合三勺-この建坪の点も右と同じ-の右価格が金二二、三二五円となり、本件建物の右価額が金一二一、三六五円となることは算数上明白である。

ところで右価額は主として復成式評価法に則り算定されたものと解されるところ、借地法第一〇条の買取請求の場合の建物の時価に敷地の借地権の価格が加算されるべきではないと同時に、特定の場所に存在する建物としての利用価値、その場所的環境が右時価の決定に参酌されるべきものであるから、本件建物における右要素(本件建物は道路に面し比較的交通の便にめぐまれていて居住ないし営業用として利用し得る余地があるとともに、静岡市の中心街からは相当離れたいわば裏町に所在すること、この所在地は準防火地域内にあるため本件建物が現状のまゝで存続することは法規上認められ難い情況にあることが前示鑑定の結果および証人渡辺浩蔵の証言によつて認められる)を斟酌し、右価額の三割を増額したものを以て本件建物の時価と認めるのが妥当である。

ただし被告広瀬の居宅部分については、同被告が原告等に対抗し得る賃借権を有していることはすでに認定したとおりであるから、これに相当する価格が右部分についての右時価から控除されなければならない。右部分が被告広瀬によつてその営業および居住用として利用される状況および賃借条件(証人広瀬父子の証言および前示乙第一三、一四号証による)を考慮すると、かゝる負担のない場合における右部分の価格の四割が右控除額に該当するものと認められるから、結局本件建物の時価は

99,040円×1.3+22,325円×1.3×0.6 = 146,165円(円より下位切捨)

と認められる。

(損害金について)

以上の事実よりすれば、本件建物買取請求のなされるまでは、被告卞および同広瀬によつてなされたその敷地の各占有がいずれも右敷地所有者たる亡新間嘉兵衛およびその承継人たる原告等に対抗し得る権原にもとづかないことは明らかであるけれども、新間嘉兵衛および原告等と訴外佐藤鉄太郎との右土地についての前記賃貸借契約が存続している以上、前者の後者に対する右契約にもとづく賃料債権は、これを否定すべき特段の事実の認められない本件にあつては、被告等の右不法占有期間中も終始発生しているものと認められるから、前者は被告等の右不法占有により損害を蒙つていないものと認定するのが相当である。しかし前記買取請求権行使による本件建物所有権移転とともにその敷地たる本件土地については右賃貸借が将来に向つて消滅したものと解されること前述のとおりであるから、買取請求の日以降右賃料債権は発生せず仮に原告等が佐藤より本件土地地代相当額の支払を同日以降受けているとしても原則としてこれを受領すべき権限がなく返還すべきものと解されるのであつて、被告卞は本件土地につき地代相当額の不当利得の償還義務を原告等に対して負うに至つたものと認めるのが相当である。被告広瀬は被告卞の買取請求後も依然同被告が家主であると信じて家賃をこれに支払つて来ていることが証人広瀬文子および被告卞本人(第二回)の各供述によつて推認されるとともに被告卞は地主たる原告等との関係においては建物引渡の時まで家賃を取得し得るわけであるから、買取請求の日から右建物引渡のときまでの右家賃支払は原告等に対する関係においても有効であると認めるのが相当である。従つて被告卞はその居住部分の敷地については勿論被告広瀬の賃借部分の敷地についてもその利用について地代相当額の不当利得をなしているとともに、被告広瀬はその占有敷地利用の対価をも含むものとみられる家賃の支払を有効になしている点よりみて右敷地利用につき不当利得をしていないものと認められる。

(むすび)

建物収去土地明渡の請求に対して建物所有者から借地法第一〇条による建物買取請求がなされた場合には、建物収去土地明渡と損害金の支払を求める申立のなかに建物引渡と不当利得の償還を求める申立が包含されるものと解すべきであるから、被告卞は原告等に対し金一四六、一六五円の支払を受けるのと引換に本件建物の引渡の手続をなし(本件建物のうち被告卞の居宅部分二六坪二合三勺については現実の引渡をなし、その余の被告広瀬の占有部分八坪九合三勺については指図による占有移転をなす、すなわち被告卞の被告広瀬に対する右部分の返還請求権を原告等に譲渡し且つその旨を被告広瀬に通知すること)て本件土地を明渡し、且つ、買取請求の日である昭和三四年九月一〇日から右明渡済みまで本件土地地代相当額の不当利得を償還する義務がある。

ところで昭和三二年以降同三五年頃までの本件土地の相当賃料が一坪一ケ月坪当り金一二円五二銭(本件土地坪数が四〇坪であることは当事者間に争がないから合計金五〇〇円八〇銭)であることは成立に争のない甲第四号証の記載に徴して算定できる。そして原告等はその法定相続分に従い、原告新間るかにおいては三分の一その余の原告等においては各九分の二の割合において-この法定相続分の点については当事者間に争がない-不当利得返還請求権を分割取得するものと解するのが相当であるから、被告卞は昭和三四年九月一〇日以降本件土地明渡済みに至るまで一ケ月金五〇〇円八〇銭の割合による金員のうちその三分の一を原告新間るかにその各九分の二をその余の原告等に支払うべきである。

よつて、原告等の本訴各請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条第一項本文を準用し、仮執行の宣言は相当でないと考えられるのでこれを附さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 萩原直三)

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